春愁

家から一歩も出ない日々を過ごしている。
たぶん今、そんな人ばかりなんだと思う。東京では日に日にコロナ感染者が増え、とうとうオリンピックの延期が決まった。映画館やテーマパーク、複合施設の営業時間は短くなり、飲食店におとずれることさえ悪いことのように思えてくる。よくある映画のよくあるはじまりみたいだ。「このまま家族や友人に会えなくなったらどうしよう」と、そんなことあるはずないと思いながらも心の奥底で考えてしまう。

転職して1週間たらずで、仕事は完全リモートに切り替わった。正直、まだ何がわからないかもわからない状態で、すぐに疑問点を尋ねることができない環境になるのはかなりしんどい。
でも、普段と違う仕事環境で新人を育てなければならない先輩や上司を思うとそんなことも言っていられなかった。逐一チャットを飛ばし、ぽちぽちと作業をすすめる。前職の文句をぐちぐち言ったけれど、散々鍛えられたおかげで臨機応変さだけは身についたようだった。

もともとねむるためだけの場所だった部屋で仕事をしているのは変な感じだった。出かけてばかりだったんだな、とぼんやり気がつく。部屋が散らかるはやさは倍速に、反対に1日の速度はおだやかになった。朝、ゆっくりコーヒーを淹れる時間がある。お昼に魚が焼ける。天気がよければちょっと布団を干してみたり、ベランダでカメラをかまえてみたり。今まで面倒だった自炊もすこしこだわってみたくなる。
選択肢がすくなくなることで気がつくこと、得られることもあるのかもしれない。

まあ、そんなこと言っていられるのも今のうちだけなんだろうけど。


明日は、オンラインで新入社員オリエンテーションがある。全然人と話せていないので、声が出るかがすこし不安。

あーあ、春なのにね。いつになったら季節を思いきり感じられるんだろう。今はまだ、世界の冬眠の続きで、じっと息をひそめている。

 


もし君がゾンビになってもキスをする 死ぬなら同じ世界がいいし