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久しぶりに会った友人の左まぶたの上に、うっすらと小指の爪の半分くらいの大きさのアザがあった。どうしたの、と聞いたら「先輩にライターでやられちゃった」と言う。受け取った言葉を脳みそが処理しきれず、すこしの間絶句してしまった。

 

転職先での歓迎会や予定していた飲み会がなくなったこと、週末の予定が根こそぎ延期になったこと、いつものスーパーで納豆がひとつも買えなかったこと。ふたりの中間地点の駅で待ち合わせて、そんな話をしながら歩いていたからすぐには気がつかなかった。

彼女の会社では、表向きの会合は自粛するようにとの通達はあったものの内輪での飲み会までは規制されていなかったらしい。時期的にどうしても送別会などの飲み会は増える時期だ。

「かわいがってもらってる先輩だったしね、すぐに謝ってはくれたよ」

ふざけてのことだったと言う。でも、それでもすごくすごく悲しくなってしまった。彼女がしずかに笑いながら話すのに比べて、わたしの怒りはどんどん大きくなった。
そうなった経緯やそのあとのことは、詳しくは書かない。でも、その先輩が故意に怪我を負わせたことは明らかだった。

火傷したのはまぶただ。顔に、それも目もと付近に火を近づけるなんて、いくら酔っていたってするものだろうか。その先輩のことをわたしはまったく知らないけれど、ぜったいにゆるせないと思った。もちろん過失があったこともだけれど、それ以上に、彼女が先輩にたいして怒りを見せないところにやるせなさを感じずにはいられなかった。

彼女は、どちらかといえば感情を表に出すタイプの子だった。駅で知らない人にぶつかられれば「いまぶつかりましたよね、謝ってください」と言うし、友達同士でも気になることや納得できないことがあればなあなあにせずに返答を求める。
わたしの代わりに怒ってくれることもしばしばだった。そんな彼女が、「そういう人だったし。周りのほうが怒るからびっくりしちゃう」とどこかあきらめたような顔で笑う。悔しくて悔しくて、悲しかった。

彼女に「しょうがない」という感情を抱かせた。
あきらめさせた。
いままでの先輩と彼女の関係性がどんなものなのかを知らないから完全にわたしの想像になってしまうけれど、彼はきっとじわじわと、ゆっくりと、確実に彼女の「上」に立っていったんだと思う。彼女も気がつかないうちに、「そういう扱いをされても仕方がない」と思わせた。
今回の火傷は誰が見ても先輩に非があったとわかる事柄だけど、それ以外にも彼女自身も気がつかないところで軽んじられたことがあるんじゃないかと思った。

 

ゆるせなかった。

 


彼女に火傷を負わせた先輩は、4月から転勤するらしい。
話し終えるまで、彼女はずっと落ち着いていた。ネネネがそんなに怒るところはじめて見たと言って笑っていた。

彼女をもっと悲しい気持ちにさせてしまうと思ったから、その話はもうそれ以上しなかった。でも、日が経ってみてもわたしの怒りは全然おさまっていない。悲しさと悔しさとやるせなさと、うまく言葉にできないモヤモヤした気持ち。

 

わたしに何ができるわけでもないとわかっているからこそ、この怒りはわすれないでいようと思った。

あなたは大切な人なんだよ。簡単に軽んじられていいはずがないんだよ。
だれになんて言われようと、あなたは大切な人なんだよ。