夜の散歩はかなり楽しい
10月に入ってすぐ、マブダチMに「ネネネの誕生日さ、ちょっといいご飯連れてくのがプレゼントでもいい?」と聞かれた。ちょっといいご飯。ご飯は基本ファミレスなわたしたちにとって、どこからがちょっといいご飯になるのかわからない。わからないながらに頷いたら、Mは満足気に「なんも聞かないでね」とスケジュールを組んでくれた。
誕生日前日は金曜日だった。Mもわたしも有休をとっていたので、朝からDUNEを観よう!とルンルンしていたのだけど、直前で午前中に仕事が乱入することが決定。泣く泣く午後休に切り替えて、DUNEは昼からになった。以前Mとテネットを観たとき、同じ回でそれぞれ座席を取ってどれくらい近くになるかというドキドキミッションをしたら、まさかの隣(隣!?)になったことがあり、それが楽しすぎて、それから一緒に映画に行くとき気が向いたら示し合わせずに席を予約するのが定番になっている。わたしの仕事が終わるのが14:00、DUNEが14:35からだったので、当日は現地集合(映画館の劇場内)することになった。
仕事を終え、劇場に向かいながらMにLINE。
先に座席のネタバレをくらってしまった(結局斜め後ろというニアミスだったけど)。ギリギリで入場して、斜め後ろのMと目があってニヤリとして席につく。スマホの電源を切って、スクリーンを見つめながら、はたと気がついた。
なんか、M、すごくおしとやかな格好をしていなかったか?
もともとわたしとMの服装の趣味はかなり違う。だけれども、明らかに、なんていうか、ちょっとしたパーティに行けちゃいそうな、そんな服を着ていた気がする。
ハッッッとする。「ちょっといいご飯」って、そういうこと!?!?
自分の着ている服装を確認する。デニムのワンピース(結構ラフ)に、お気に入りの『時計じかけのオレンジ』のトートバッグ(真っ赤で目玉がかなり強烈)。まって。
ぐるぐる考えていたら、スンと劇場が暗くなった。
DUNEが始まった。映画泥棒もなく唐突に始まったので、わたしの脳内も強制的にDUNEに切り替わる。いいや、もう。別に好きな服を着ているので大丈夫でしょう。
ティモシー・シャラメの横顔は国宝だったし、ゼンデイヤは砂まみれでも美しかった。かなり複雑な話なんだろうなと警戒していたからか、思った以上にエンタメ性が強くて楽しかった(あの石油みたいなやつに浸かって回復をはかるのはいやだなと思った)。パート2はいつになるんだろう。
DUNEが終わって、劇場が明るくなる。階段途中で、ちょっとしたパーティーに行けちゃいそうな、黒いシックなワンピースを着たMと合流。
映画を観ていて完全に忘れていた懸念を思い出す。まって、やっぱり、ダウト!!!!
「ねえまってごめん、今日のちょっといいご飯って、かなりいいご飯?」
DUNEの感想もそこそこに尋ねる。わたしの意図に気づいたであろうMは、ケラケラ笑いながら「そんなでもないよ」と言った。やさしい嘘だ。まあ今から着替える暇もないので、映画の話をしながら山手線に乗った。
目的地の駅で下車。「○○に行くよ」というMの言葉で、「やっぱり!!!!」と叫ぶ。「めっちゃいいご飯じゃん!!!」
忘れていた。わざわざ言うのも下品だし必要もないけど、Mはお家柄もあってそういう「ちょっとした」場所に慣れている。ふだんちっともそれを出さないから忘れていた。わたしのこの服大丈夫!?とおののいたけれど、入ってしまえばまあ大丈夫だった(ということにする。これからはちゃんとTPOをわきまえます)。
ちょっと、いや、かなりいいご飯はとっても美味しかった。
フルコースをしっかり食べて、満腹になったおなかを撫でながら駅に向かう。途中、「そういえばこれ、プレゼント。日本酒。飲んで」と重たい紙袋を渡されて、いやもう、もらいすぎではと頭がぐるぐるした。ありがとうすぎる。
しかも、「え~~~ありがとう、やだこのままバイバイかなしいよ~~~一緒に飲みたいよ~~~~」と駄々をこねた結果、Mはそのまま我が家に来てくれることになった。ありがとうすぎる!!!
ふたりとも満腹だったけれど、チータラと柿ピーを買って帰宅。もらった日本酒は「香月(こうづき)」という名前だった。「おしゃれ~!」とウキウキしていたら、Mが真顔で「ねえ、何か気づかない?」と聞いてくる。え、何。怖いよ。
「これ………カツキとも読めるんだよ…………」
!!!!!(わたしは『僕のヒーローアカデミア』の爆豪勝己が好きです)
Mはそういうことをしてくる人間だった。またやられてしまった!!!と思わず抱きついて引っ剥がされる。カツキ(香月)はとても美味しくてガブガブ飲めた。
「終電で帰るからね」と念を押されていたけれど、いつのまにかMの終電はなくなっていた。ふたりともかなり「完成」しつつあったので、キャッキャと笑いながらまた飲む。気づいたら日付を超えていて、わたしは27歳になっていた(一緒に住む妹が隣の部屋から「おめでと~」と言ってくれてわかった)。
両親や友達からおめでとうのLINEがくる。ありがとうと返しながら、またひとつ年をとったんだなあと考える。「セブンティーンアイスを食べられるのもこれが最後!」と言って駅の自販機でセブンティーンアイスを食べたあの頃から、もう10年過ぎたのだ。大人になったもんです。全然思っていた大人ではないけれど。
ところでこの日(マイバースデー)は、『僕のヒーローアカデミア』一番くじ発売の日だった。「もう店頭並んでんのかなあ…」とつぶやくと、Mが言った。
「見に行く?」
午前1時は過ぎていたと思う。
「いやいや今から……今から?」「今から」「今からかあ」
繰り返すけど、このときわたしたちはたぶん「完成」していた。深夜のテンション×カツキ(香月)のテンション。行くしかなかった。
幸いなことに、家から徒歩5分のところにファミマがあった。いつもいる黒マスクの店員さんに訊く。「あの……『僕のヒーローアカデミア』の一番くじって……」「あ~~すいません、あるんですけど、もうロットで予約が入ってまして、出せないんです」
終了。なんですって。ありがとうございますと店を出て、うなだれるわたしにMが言う。
「ネネネ、他のファミマどこにある?」
勘のいいガキならお察しのとおり、わたしたちはそのあと5軒のファミマを巡った。5軒。途中から、目的は一番くじの確認ではなくて、夜の散歩そのものになっていたと思う(うち2軒のファミマで一番くじを発見したが、どちらも朝10時からの販売で結局このときはまだ買えなかった)。気づいたら隣駅に到達していて、ケラケラ笑いながらベンチに座る。午前4時だった。
その後のことは割愛するけれど、冒頭の呪術廻戦カフェオレは帰り道に自販機で買った。とりあえずヘロヘロになって家にたどり着いて、そのまま布団も敷かず畳のうえで寝た。最近急激に冷え込んだけど、この日まではまだ少し暖かくて、午前4時に半袖でも全然問題ない気温だったのだ。Mは6時半ごろに起き、「おめでと……足痛……じゃあね……」と言いながら帰っていった。感謝しながら二度寝して、たぶんMの夢を見た。
27歳になっても、世間から見てしっかり大人になっても、あいかわらず全然大人っぽくないことばかりが楽しい。そりゃお酒も飲めるようになったし、夜中の1時に急に外に出ることだってできる。だれの許可もとらずに。
でも、自由になればなるほど、やりたいことができるようになればなるほど、そこまで自由にならなくてもできたことが楽しい。そして今は、それに満足できる自分でいられることが嬉しい。
27歳。めちゃくちゃに転びながらも、ここまで生きました。新しい歳の抱負なんてなんにも決めてないけど、このままゆるりとぬるい日常の中で、たまにお腹がよじれるほど笑える日が続けばいいなと思う。
いつもありがとう。これからもよろしくね。
深夜の散歩の翌朝(というかその3時間半後)、ファミマ予習のおかげでわたしは一番くじを無事引くことができ、求めていたフィギュアをゲットしたのだけど、それはまた別のお話。